ガラクタとからす

俺は、探している。

どうしようもない空虚を、退屈を、すべて忘れさせてくれるような相手を。
この最強と互角に戦える強さを。

――あるいは、それ以上を。

あと今はカラスも探している。

 事の発端は今日の正午。人気のない廃ビルでどうでもいい任務をこなした後、いつものように通信端末を使って報告した。そして更にいつもの如くなんやかんやとイラついて通信を切り、憤りもそのままに端末を窓辺に叩きつけるように投げ置いた。腹の虫が収まらないからビルの屋上で街を見下ろしていたときに、一羽のカラスが飛び立っていった。俺の端末をくわえて。窓は開いていたから、光り物を見つけて持っていったというところだろう。端末が持って行かれたと気づいた時には、奴はもう攻撃射程範囲の外に出ていた。この俺としたことが。
 端末などに大して執着はない。任務中に壊して新しいのを支給されることもあるし、失くしたから新しいものを寄越せと言えば直ちに届くだろう。機構の上に声を届けるために別の構成員を捕まえるまでは不便するというだけで。どうせまたオキシジェン辺りがどうでもいい任務を持ってくるから、その時にでも言えばいい。わざわざ探す理由はない。

――が。

「売られた喧嘩は、買わねばなるまい」

相手が鳥類だろうと人類だろうと、大した違いはない。

 能力で高い場所をあちこち移動しながら、目標を探す。かなりの高度を、目に止まりにくい速さで移動しているため、地上を歩く通行人には気づかれないだろう。まあ気づかれたとしてもどうだっていい。
 件のカラスは、体の大きさ、顔の特徴、鳴き声、都心部に生息していることを踏まえると、まず間違いなくハシブトガラスだ。今は5月の中旬。カラスはちょうど孵化した雛を巣で育てている頃合だろう。巣を作る場所は、都心部だと主に街路樹、電柱、高架水槽などの高い場所になるが、この近くに高架水槽はない。移動しながら観察している限りでは、この辺りの電柱にも巣はできていなかった。残るは街路樹のみになるが、最近の街路樹はカラスの営巣対策として、枝がかなりすっきりと剪定されており、見通しがよくなっている。あんな隠れようがない場所に巣を作ることはない。

(ということは――)

 消去法で最後に残った選択肢として、この寂れた神社に来た。都心に近い割には人が訪れることは少ないらしく、休日にも鬱蒼と静まり返っている。土地だけは広いおかげで木々はそのまま巨大に成長していき、外から見ると局地的な森のようになっていた。つまり、カラスが巣を作るには絶好のポイントになる。
 木から木へと移りながら見回すと、程なくして目的の巣を発見した。陽光を反射してキラリと光る細長い端末が、巣の中に無造作に置かれている。そして案の定、件のカラスとその雛も。

「おい貴様」

ご丁寧に犯人(犯鳥?)へ声をかけると、俺の存在に気づいた親カラスはカァ、カァと喚いてきた。構わず近寄ると、今度はバサバサと羽を大きく広げている。威嚇しているのだ。この俺を相手に。

「ほう、この俺に楯突くか」

俺の笑みの意味がわかってるんだかわかってないんだか、カラスは更に激しく羽を振り回している。己よりも遥かに大きく、優秀な生物を相手に威嚇している。動物であろうと殺気も伝わっているだろう。しかしコイツは威嚇をやめない。自分の背後で鳴く雛を守るために。

(守る、か――)

目的のない力は強さではないと聞いた気がする。ならば目的さえあれば強いのか。目的とはなんだ。俺にはないが、コイツにはあるものだ。守る対象。馬鹿馬鹿しい。

「くだらん……だが、」

俺の殺気が引っ込んだのを察したのか、カラスは威嚇をやめて大人しくなる。首をかしげているのは、果たして人間と同じ意味なのか。

「その意気や良し。そのガラクタはいらん、取っておけ」

木から降りる俺の背中に、雛鳥のピィと一際甲高い声が投げられた。

 後日、クレープ片手に街を歩く俺の頭上に、小さな物体が飛来してきた。難なく受け止めると、掌には例の通信端末が収まっている。
 街路樹の枝にはカラス。俺がよう、と言うと、カラスはカァ、と鳴いた。頭の良いことだ。