野生動物

 哺乳動物の睡眠時間はまちまちだ。人間は七、八時間程度が平均と言われるが、十四時間も眠るライオンもいれば、四時間ほどしか眠らないキリンもいる。身体の大きさや生息環境にも依存し、まとめて一気に睡眠を摂るスタイルはそう主流でもない。特に命の危険がある野生動物は顕著で、周囲を警戒し細かな覚醒を繰り返しながら、わずかな安全地帯で短い睡眠を重ねる。立って眠るのに適した身体構造は、野生環境に適応した結果か否か。
 手持ち無沙汰に調べ物をしていた携帯端末の画面を切る。液晶フィルムを貼った真っ暗な表面には、薄ぼんやりと天井の照明が反射するのみだ。ソファに深く沈み込めばスエードの生地に服が擦れる音がするし、二人分の体重を支える足はきしりと鳴った。それでも呼吸は乱れない。隣で聞こえる規則的なリズムは、すでに小一時間ほど吸って吐いてを繰り返していた。間隔が長い。ため息のように深い呼吸だ。
 遠慮のない視線で隣の男を眺め倒す。彫りの深い顔立ちに、鼻筋がスッと通っている。唇は厚みがあって、褐色の肌色をしているが、黒人とか白人とかそういった括りはよくわからない。東洋人でないのは確かだが、混ざっている感じがして印象が散漫だ。縮れた長い髪の毛が傾いた首から重力に従って流れ落ちている。空を映す湖の色は、今は瞼に隠れてしまって勿体無い。
 十分にスペースの取られた部屋を、大きめの呼吸音だけが満たす。さっきまでぴかぴかと存在を主張していたテレビモニターもしんとしたものだ。この男が選んだ隠れ家なこともあり、外の音もほとんど聞こえない。こうしてたまの映画鑑賞会に誘われるようになったのはいつからだったろうか。やりたいことが落ち着いたのか、顔もよく見せるようになった。たまには近況をしっかり聞いてみてもいいかもしれないが、話したがれば勝手に話し始めるから今はいいかもしれない。静寂の空間にあって、思考は散漫になる。
 海の底にいるような深い呼吸が一瞬だけ止まり、薄い瞼と睫毛が揃って持ち上がる。細く覗いた湖の水面は揺れていて焦点が定まらない。覚醒に至っていないことが一目でわかる。声を出さないよう喉奥だけで笑っても、ぼーっとした顔は気付かない。

「あんた怖くないの」

 苦笑混じりの声でそれだけ伝えると、隣の男の不安定な瞼がまたゆっくりと降りていく。

「怖いもんか……」

 小さな小さな寝ぼけ声でむにゃむにゃとそれだけ言って、呼吸が深くなっていく。
 大声で笑い出したくなったから、がんばって声を殺しながら震えた。ちょっとやそっとじゃ目覚めそうもないのだから、膝掛けを持ってきたって大丈夫だろう。

SSログ

2017/02/02
【長谷酸(現パロ)】

 自宅で食事をするときはもっぱら自炊だ。よくオッサン臭いのに意外だと言われるが、男一人暮らしにしては生活力がある方だと思う。少なくとも10秒メシ中毒の隣人よりは。
 今日みたいに仕事でどうしても遅くなった日は、コンビニ弁当に頼らざるを得ない日もあるが、それはそれとして、店で買う食事が嫌いというわけではない。
 むしろ買い食いは大好きだ。寄り道ついでにする気楽さも、夜中にふと思い立って出かける特別感も、店に着くまでの何を買おうか考える時間も、日々の些細な幸福を感じられる。

「――京輔か」

 特に、偶然にも意中の相手と鉢合わせた時なんかは。

2017/02/03
【日レバ】

 俺にとって居残りはそんなに珍しいことじゃない。宿題はしっかり終わらせるしテストの点数は悪くないし当番をサボることもないが、女子に当番を押し付けられたり、あるいは今みたいに誰かの仕事や宿題を手伝ったりするためだ。
 本日日曜日はNPスクールが昼から開講となり、夕方には授業を終え、教室も静まり返っている。目に痛いほどの見事な夕焼けが窓から入り込んで、西日をマトモに喰らっている状況だ。正直暑い。しかし任務を放棄することもできず、俺はこうして年上の後輩の面倒を見ている。
 この塾に入学したてで右も左も分からないので宿題を教えてほしいと、いつものへらへらした顔で直談判してきた。なんで俺が、と断ろうとしたら偶然に側を通った教員についでのように任された。嫌いなわけではないが、こいつと居るのは調子が狂う。何を考えてるのかわからないようでいて、何も考えていないような。なんとなく近寄りたくはない。

「――日高先輩?」

 常にへらへらして掴みどころがなくて、腹の底が見えないのも原因だろう。本音らしき顔を見せたことがないように思う。才牙とはまた違った風にクラスからも浮いている。最近入ったばかりだから仕方ないだろうが。

「先輩」

 浮いているといえば、コイツの容姿も現実離れしたところがある。体格も顔もずば抜けて優れているというわけではないんだが、その髪色は目を引くほど明るい。茶髪なんだろうがかなり赤みがかっていて、今日のような夕暮れ時は特に太陽を浴びてきらきらとしている。地毛なのか染めているのかはわからない。痛んでいるようにも見えないから地毛だろうか。

「日高くーん」

 日が傾いて更に真っ赤で、小さい頃に見つけたヘビイチゴのような色をしていた。そういえば以前にもこうしてきらきらするこいつの髪に目を奪われたことがある気がする。確かあれは、夜中に行ったアンプラグド狩りの、ネオンの下にいて――

「迅八郎さん!」

 こんな風に、俺の意識を奪っていたときのことだった。

2017/02/04
【長谷酸(現パロ)】

「なんだこれ」

 目の前のマグカップには、淡い色合いの液体が注がれていた。丁度ミルクティーのような色をしているが、それにしてはわずかに濁っていて、液体のフチには油分のようなものも見て取れる。なんらかのスープのように思ったが、それにしては匂いが少し甘い。

「……ホワイトチョコレートの紅茶だ」

 キャンパスに向き合って手を動かし続ける家主からそう告げられて、少し驚いた。突拍子もないことをする奴とはいえ、今までにないタイプの奇行だ。自分で飲む分だから好きにすれば良いとは思うが。

「なんで」
「意味はない……そこにあったから入れた」

 まあ確かにチョコレート入りの紅茶は美味しそうではあるが、あまり口を付けられないまま冷え切っている様子からして、思ったような味にはならなかったんだろう。なんとも哀れな紅茶だ。哀れみついでに一口飲んでみると、匂いは甘いものの味はそうでもなく、なんとなく混乱するような仕上がりだった。確かにあまり美味しくはないな。

「それにしても、お前はあんまり食べ物で遊ぶタイプじゃないだろ」
「……実験だ」
「実験?」

 視線だけをこちらに向けて、ほんの少し口角を上げるのがわかった。この男の薄い表情の中で、俺のお気に入りの一つだ。この表情の後にはいつも、

「――10日後のための、な」

――やられた。

いつも心を掴んで離さない。

【末真+藤花(+朝子)】

 規則的な美しい罫線が並んだノートの上には、文字とも記号ともつかない意味不明な線がのたうち回っていて、ページの隅にはやる気のない小さな落書きが鎮座している。机の上に開かれた本が単語帳などと一緒に散乱していて、そんな有様にした本人はというと、

「飽きた……」

飽きていた。
 すでに上半身の力は抜けて机に突っ伏しているし、シャープペンシルを持っているはずの手は投げ出されている。見えているわけじゃないがなんとなく魂すら抜けている気がする。私は持っていた本を閉じて、すっかりだらけた親友に体を向けた。

「起きて藤花、手を止めてからもう1時間経ってるわよ」

 私たちは今日、1週間後に迫る期末テストに向けて勉強をするべく、この図書館に来ている。初めはやる気を出して必死に問題集と向き合っていた藤花も、今やすっかりこの通りだ。私は一通り復習を終えたので、一休みとして適当に取った本をぱらぱら捲っている最中だった。

「だってえ……末真だって本読んでるじゃない」
「藤花は一問解いては休んで、一問解いては休んでの繰り返しでしょ。まだ5問しか解けてないし」
「うううう……」

私に痛いところを突かれたのか、親友は泣きそうな顔をしてこちらを見上げてくる。ここで甘やかしてはいけないとわかっているので、わざとじっとりした目で視線を返してあげた。通用しないとわかるとバツが悪くなったように、藤花は視線を逸らして、私がさっきまで読んでいた本に手を伸ばした。

「何読んでるの」

そう言って表紙を見た彼女は、うげ、とでも言いたげに顔を歪める。『すぐわかる高校数学』のタイトルは、今の彼女にとって最も見たくない文字だろう。

「なんでこんなの読んでるのよ~」
「適当に取ったらこれだったのよ」

だからって……とブツクサ呟きながら藤花が表紙をめくると、本の中からはらりと一枚の紙が落ちてきた。

「あら、気付かなかったわ」

どうやらそれは貸出記録のレシートのようだった。この図書館では、貸出のときに登録者カードのバーコードを読み取って、返却日等の書かれたレシートを発行する。なくさないように本に挟んだまま返してしまう人が結構いるので、こういうことはあまり珍しくはない。

「浅倉……朝子?うちの学校にいたかしら」

藤花はレシートを拾ってまじまじと見つめている。口に出された名前にはまったく聞き覚えがなかったので、おそらく同じ学校ではないと思うのだが――

「きっと別の学校の子よね。この近くにもまあまあ高校はあるし」
「そうだと思うけど、趣味が悪いわよ。あんまり人のレシート見るのは……」

藤花の手からレシートを奪ってくしゃくしゃと丸めた。彼女からはあー、と少しだけ不服そうな声が漏れていたが、さほど興味はなかったのか渋々とノートに向き直っていた。
 私は満足そうに少し笑って、また改めて本を開く。と、そこには同じようなレシートが挟まっていた。貸出者名は『浅倉朝子』。奥付と裏表紙の間にもレシートが。貸出者名『浅倉朝子』。

「……」

背表紙を摘むようにして上下に振ると、ぱらぱらと4,5枚のレシートが落ちてくる。貸出者名は全て同じで、貸出日はちょうど貸出上限期間の2週間ごと。

「ぷっ……ふふ」
「何笑ってんのよ末真」

見たことも会ったこともないけれど、ちょっと間の抜けた頑張り屋さんがどうにも愉快に思えてしまって。

2017/02/07
【伊佐+千条(+正綺)】

ごうん、ごうん、ごうん……。

 小ぢんまりとした静かな建物の中には、乾燥機の回る規則的な音だけが響いている。時刻は午前2時。当然、俺たち以外に人気はないし、建物の周辺も閑散としていた。

「伊佐、テレビは点けないのかい」

俺の隣に腰掛けているひょろっと背の高い、ぼんやりとした顔つきの男が、これまた抑揚の感じられない声で問いかけてきた。

「この時間帯じゃあ、目ぼしい番組も無いからな」

それに警察の独身寮時代から、コインランドリーの待ち時間は何もしない習慣になっている。こだわりという程ではないんだが、何もせずぼーっと座っている時間がなんとなく落ち着く。

「そうかい。……じゃあ僕が話し相手になろうか」
「そのために着いてきたんじゃないだろう。別に退屈してるわけでもないから気にするな」

なんやかんやとお節介を焼いてくるこの男――千条が、いつもランドリーに着いてきているわけではない。最近はペイパーカットの事件に付きっきりだったせいで洗濯物が溜まりに溜まり、大量の衣類を運ぶために二人で来ている。千条は自分だけで行くよと言うのだが、同居人を家政婦のように扱うのは気が引けた。

ごうん、ごうん……。
乾燥機の残り時間はあと12分。

からり。

 ランドリーの少し古びた入口の戸が開く音だ。俺たち以外の客人が来るのはおかしいことじゃないが、僅かに目を見開いてしまった。訪れた人物に見覚えがあったためだ。

(あの娘は――)

 警察の独身寮時代にも、近くのランドリーに通うことはあった。そのランドリーにも来ていたのだ。彼女も俺と同じく人気のない時間帯に訪れ、やはり俺と同じく何もせずぼーっとしていた。ただ彼女の場合は、じっとしている方が落ち着くというよりも、暇つぶしをすることに興味がないといった風情だった。大体いつも生気の無い顔をしていて、特に趣味もないんだろうなどと失礼なことを考えていた。俺が言えたことではないが。
 まさか独身寮から引っ越した先のランドリーでも会えるとは思っておらず、とんだ偶然に唖然としてしまっている。と、彼女と目が合った。彼女もこちらを覚えていたようで、同じように僅かに驚いたような顔をした後、

ぺこり。

小さな会釈をして通り過ぎた。条件反射的に会釈は返せたが、正直更に驚いていた。以前の彼女は、暇つぶしにも、人付き合いにも極端に興味がないようで、いつもやや下を向きながら歩いていたためだ。

「――綺!」

間を置かずに、今度は彼女と同じ年頃の少年が、小走り気味に入ってきた。少年は彼女の隣に立って話しかけていて、予想通り彼女の連れらしい。

私だけで良かったのに。でも深夜だから心配だったんだ。平気よ。そんなことない。乾かすのも靴だけだし。いいから。云々――

(なるほど――)

 彼女に対する違和感がすべて解消された。要するに、人を好きになったんだ。恋人ができて、彼氏は社交的そうだから人脈も広がって、友達ができて、彼氏のために趣味にあたるようなことも始めてみて、とかそんな具合だろう。なるほど、恋は人を変えるということだ。悟った気分で小さく頷く。千条が不思議そうに見つめてくる。

「知り合いかい?」
「いや――」

知り合いではない。知り合いではないが、なんとなくお互い同じ境遇に居て、今も同じような変化に己を変えられつつある。相方ができて、一人でいるよりも二人でいる方がしっくりくるようになった。

ごうん、ごうん……。

乾燥機の待ち時間も、隣に温度を感じられる。

「伊佐?」
「まだ乾きそうにないかと思ってな」

もう少し待っていたいから、百円入れて九分追加だ。

2017/02/10
【詩歌(+そら)】

 私には、美しいお友達がいた。

 お名前はそらさん。彼女の美しく透き通った瞳にぴったりの名前だと思った。
 彼女は私と同じ年頃の少女であっても、いつも冷静で、大人びていて、どこか遠くを見ている人だった。ごくたまにハッとするほど冷たい顔をしているけれど、私に向ける声は優しく、限りなく透明だった。例えるなら真冬の夜のような、シンとした音を感じる声だった。
 彼女と冬を共に過ごした。一緒に下校するだけだったけれど。浅く積もった雪に注意深く歩く私と対照的に、彼女はずっと空を見上げていた。真冬の日は短く、すでに辺りは薄暗くなっていたので、夜空の観察には最適だった。彼女につられて空を見れば、星明かりが夜闇に小さく穴を開けていて、思わず口元が綻んだ。そして夢中になって、足元が疎かになったところで体は傾いて、支えようとしてくれた彼女を巻き込んで一緒に転んだ。慌てて謝る私に、雪を頭から被った彼女はくすくすと笑った。
――雪のような笑顔だと思った。濁りを混ぜて尚、真っ白に輝いて、少しずつ降り積もっては、私たちも同じように覆ってくれる。

 雪のような彼女は私を包んで、何も無かったように溶けていなくなる。

(どうして、行ってしまったのかしら)

 彼女はどこかへ行ってしまった。おそらく私たちの及びも付かない場所に。彼女とのお別れの前に、私は彼女を見た。彼女も私を見ていた。それだけで何も遺してはくれない。突き放すような元通りは、穴を開けられた夜空に光が射し込まないような理不尽さだった。一方的に、終わってしまったのよ、なんて言われる気分だ。

(雪のような声も、髪も、忘れてしまうんだわ)

 雪が溶けて、春も去ってしまっては、何を詩えばいいのかわからない。

2017/03/04
【クズっち+舞惟】

 女子高生にとって、口紅は化粧入門というかなんというか、とにかく初めて買うコスメティックに向いている。と思う。

 ママはまだ早いと言いつつ、目立つ場所では軽く化粧をして行きなさいと言ったり今イチ定まらないので、あまり自主的にしようとは思わない。化粧道具もママが買ってきた最低限のものしか持っていないし。
 しかし今の私はといえば、少し畏まって背伸びをするようなデパート地下の化粧品売場にいる。正直に言って女子高生のお小遣いには渋い買い物になることは分かり切っているのに、果敢にも制服で挑んでいるわけだ。先程から薄く汗をかいているが気付かないふりをしている。

「ねえ紅葉、聞いてる?」
「は、はいっ?」

 こちらを覗き込んでくる親友と目が合ったことで、明後日を見ていた私の意識は引き戻された。親友――舞惟は、両手に口紅を一本ずつ持って、怪訝そうな顔をしている。私をデパ地下の緊張エリアに連れてきた張本人だ。私が正直に「き、聞いてませんでした」と答えると、呆れたような溜息を小さく吐かれた。だって緊張するんだもの、しょうがないじゃない。

「こっちとこっちの色、どっちが好きかって聞いたの」

 そういって眼前に差し出してきたのは、どちらもピンクを基調とした控えめな色味だ。向かって右の方が少し鮮やかで、粒の小さなラメも入っているようだった。
 正直、舞惟の印象とは違うので意外だった。舞惟はいつも凛とした表情で、性格もそれに負けず劣らず。小柄なのに堂々としているから、むしろ大人びて見えるくらいだ。だからきっと、鮮やかな赤色なんて似合うだろうと思っていたのに、手に持っているのは可愛らしいピンク。しかし、中学生にも見える童顔の持ち主でもあるので、甘い色味もとてもよく似合うと思う。

「うーん……こっち、かな?」

 差し出されていた2本のうち、より鮮やかな方を指差した。舞惟の華やかな顔立ちを引き立てるのにぴったりだと思ったからだ。舞惟は満足そうに頷いて、私が選んだ方をいそいそとレジへと持っていった。
 そんなに口紅が欲しかったのかな、私も買えば良かったかしら、などと考えながら、レジから少し離れた場所で待っている。たしか他にお客さんはいなかったはずなのに、舞惟の会計はやけに遅い。何かあったのか、と心配し始めたちょうどその頃、ようやく舞惟が紙袋を持って小走りに帰ってきた。紙袋は特別可愛く、リボンなんか掛けられていて、まるでプレゼントの包みのようだった。さすが高いお店は違うんだなあ、と吞気に考えて、「おまたせ」と言った舞惟に「全然」と返す。

「はい」

 舞惟が綺麗な包みを私へ差し出してきた。反射的に手を出して受け取ったが、これはどういうアレだろう。荷物持ちかな?でも舞惟はあんまりそういうことをしないはずだけど。きょとんとしながら首をかしげて、舞惟に目で訴えてみる。

「プレゼントよ」

 なるほど合点がいった。これは高い店だから包みが可愛らしいのでなく、ギフト用だから綺麗なんだ。なるほどーなるほどなるほど納得。

「……って、え?なんで!?」

 突然の出来事に面食らって、少し大きな声を出してしまったので、はっと口を押さえて辺りを見回す。大して目立ってはいなかったようだ。

「なんでと言われても……なんとなく?」

 そして大きな声を出させた犯人はというと、やはり怪訝な顔をして小首を傾げている。ああもう、そんなに可愛い顔をされてもどうすれば。
 ここはデパ地下で、緊張エリアで、口紅1本だとしても、高校生が友達になんとなくで買えるものじゃないでしょ。どういうことなのよ。

「紅葉の髪の色に合わせてみたからきっと似合うと思うわ。そうだ、そこの化粧室で付けてみてよ」
 
 私の困惑を知ってか知らずか、舞惟は若干はしゃいだような様子で笑顔を向けてくる。なんでよ。これ4千円でしょ。誕生日でもないのにこんなプレゼント貰えないわよ。なんなの。第一、そもそも、大体……

「ずるいわよ!私も舞惟の口紅選びたい!」

 今度はそこら一帯に響いたため、私は真っ赤な顔で舞惟に似合う口紅を探す羽目になった。

ツイッターSS(都合によりすべて長谷酸(現パロ含))

『長谷酸さんに与えられたお題は 「金」「奴隷市」「ヤンデレ」 です。頑張って混ぜてください。 #3つのお題で創作 https://shindanmaker.com/716352』
市場に並んでいた彼は一際目立たない存在だったが、一目で惚れた故もう何ヶ月も通いつめている。金はないので俺は買えない。彼も売れない。いい加減に彼を人目に触れさせるのが嫌になって、金貨の代わりにナイフを握ってきた。彼の赤い瞳は俺を見て嬉しそうに細まったので、多分これで正解なんだろう。

『【長谷酸】 「ああっもう!花束でも用意すればよかった!」 #この台詞から妄想するなら https://shindanmaker.com/681121』
急な誘いでもアイツは嫌な顔ひとつせず、かと言って嬉しそうな素振りも見せず、読めない表情に平らな声音を乗せて同意する。 ――はずだった。 『――楽しみにしている』 電話越しの予想外は俺の頭を容易に乱し、この嬉しさをどう発散したものやら。 「ああもう!花束でも買ってくりゃよかった!」

『貴方は長谷酸で『どんな言葉よりも』をお題にして140文字SSを書いてください。 https://shindanmaker.com/375517』
元々会話が多いというわけでもないが、いよいよ一言も喋らなくなった。というのも、相方の死期が近く、声帯がダメになってしまったためである。本人は特に動じることはなく、俺もすんなり受け入れたが、声が聞けないのはちと寂しい。しかしまあ、こちらを見透かすあの視線は、ああ、どんな言葉よりも、

『【長谷酸】 「今まで、俺のなにを見てきたんだ?」 #この台詞から妄想するなら2 https://shindanmaker.com/705660』
いよいよ絶望的だ。僕の手元には一切合切何も残らず、今までの行動がすべて無駄という結果をもたらした。運命は途切れ、希望は困難の彼方。だと言うのに、この男はいつまでも隣に立っている。何故と問えば、男は呆れたように笑った。 「今まで、俺のなにを見てきたんだ?」 俺はずっと見てきたのに。

『長谷酸へのお題は『届くことのないメール』です。 https://shindanmaker.com/392860』
今時珍しくなってきた折りたたみ携帯の液晶では、普段の俺を想像すると背筋が寒くなるような誘い文句が切々と綴られては、全文消去が繰り返されている。やっと”らしい”形に収まって来たかと思えば、今度は送信する勇気がない。畜生。ヘタレ。洒落臭いから今から訪ねて直接言ってしまおう。

『長谷酸の切ないシチュエーション 『今にも泣き出しそうに 君は 「もう諦めたんだ」 と言いました。』  https://shindanmaker.com/123977』
壊れかけの身体を引きずってまで希望を探す姿は美しかった。時に泥のように淀みながらも爛々と光る赤い目を抱きながら消えたいと思った。
今にも泣き出しそうに君は「もう諦めたんだ」と言った。
美しさは変容して、瞳は滲んでしまっているが、君は変わらず愛しかった。寂しさだけが初めてだった。

『長谷部が恋だと気付いたのは溢れた思いが言葉にならなかったとき です。 https://shindanmaker.com/558753』
僕との会話中に突然妙な表情をしたかと思えば、しきりに腕を上下させて威嚇のような真似をし、更には鯉のように口を開閉させている。全て無言で、意味がわからない、どうしてとでも言いたげな表情を浮かべながら。やがてスッと真顔になると、「なるほど」と腑に落ちた様子で立ち去った。なんだあれは。

『貴方は長谷酸で『目を奪われる』をお題にして140文字SSを書いてください。 https://shindanmaker.com/587150』
特別な能力が無くたって、人はそれぞれ見える世界が違うのではないか。己の世界の鮮烈な何かに目を奪われてしまうのは仕方がないことだ。 お前の目を奪ってしまえればと思うが、きっとあの赤色はお前のほとんどを奪ってしまっているだろうから、ならばせめて目だけでも、俺の傍に遺してはくれないか。

『長谷酸さんは『「ごめんなさい」』をお題に、140字でSSを書いてください。 https://shindanmaker.com/320966』
成人男性となった今、「ごめんなさい」と謝罪する機会はほぼゼロだ。大体はすまない、申し訳ないに言葉が置き換わる。咄嗟にでも出てくる文言ではないだろうと思っていたが…… 先程成り行きでハリウッドを叱る形になり、つい「ごめんなさいは?」と言ってしまった。マジか。「ごめんなさい」素直か。

『長谷酸にとって「手をつなぐ」ことは『好きだと気付いてくれないか』という意味です。 https://shindanmaker.com/490429』
つい。魔が差して。思いがけず。としか形容できないほど、突然にその手を握り締めてしまった。美しく細やかに動く手を、文字通り手中に収めてしまった。相手は少し驚いたものの、何も言わずされるがままだ。黙ったまま離すにも離せない、離し難い。ああいっそ、俺の気持ちに気づいてくれたらいいのに。

『長谷酸のタイトルは『君を探して』 煽り文は『俺だけを愛してはくれなかったな』です #CP本タイトルと煽り https://shindanmaker.com/717995』
嘗て神と成ったお前に、もう一度会いたかった。長い長い果てしない一生を賭けてでも、もう一度、”酸素”などではないお前を探してみせると決意した。そうすればもしかしたら、なんて幻想だけで歩いていられた。夢中だった。ただただ世界から取り返そうと。 「結局、俺だけを愛してはくれなかったな」

『貴方は長谷酸で『優先順位』をお題にして140文字SSを書いてください。 https://shindanmaker.com/375517』
アレは世界のものだ。運命から弾かれた俺は、何物よりも優先されるべきではない。俺の最優先はいつもあいつだというのに、最後の最期まで一方通行の片思いだ。 それでいい。そんな関係が心地良い。すべて俺が選択した。だから、 頼むから、自分よりは優先するなんて馬鹿なことしないでくれよ。

『【長谷酸】 「何者なんだ・・・?」 #この台詞から妄想するなら https://shindanmaker.com/681121』
無表情で素っ気なくて、陰気で影が薄くて空気みたいな上に何考えてるかわからない。と思ったらよくよく見れば普通に感情は表に出すし、猫が好きだし、茶目っ気があるし意外にお節介というかなんというか。見ていて飽きないなと思うんだ。 「一体何者なんだ……?」 ここまで俺を惚れさせる男は。

『貴方は長谷酸で『逃がさないでね、僕のこと』をお題にして140文字SSを書いてください。 https://shindanmaker.com/587150』
それは重いだろうと言った。背負いきれるかわからないと言った。すぐにでも走ってどこかへ行ってしまいたくなるだろう、と思った。だから俺を選んだんだと、言われた。覚悟の乗った声色だ。 「……逃がすなよ、僕のことを」 俺を誰だと思っているんだ。地獄の底までだって追いかけてやる。

『長谷酸の愛の言葉:雨が止んだ花冷えの夜、静かに寄り添って「たぶん、君が思っているよりずっと好きだ」 https://shindanmaker.com/435977』
若草から雫がぽとりと落ちる音がして、反射的に寒い、と思った。現実に立ち返った明日の自分は、馬鹿馬鹿しいなんて嘲笑うだろうが、今宵は浸っていたい気分だ。何せ隣の君とこうして、体温を分け合う真似事なんてしてるんだから。 「……多分、お前が思っているよりずっと好きだ」

『長谷酸が恋だと気付いたのは溢れた思いが言葉にならなかったとき です。 https://shindanmaker.com/558753』
くるしい。喉が詰まってくるしい。肺が引き絞られるようにくるしい。無いはずの器官すべてがはちきれそうなほど、くるしい。叫んでしまえばいいのに、大切な欠片が壊れてしまいそうで。くるしい。 「……泣きたいのか?」 そうなんだ。それなのに。涙代わりの言葉も出てきてくれないんだ。

『酸素は長谷部に苦しげに笑って言いました。 『君のおかげでここまで生きれた。ありがとう』 #きみとお別れったー https://shindanmaker.com/459976』
最期だろうとなんだろうと、俺たちの間はどうしたって変わらないさ。隣にいるのが当然で、空気みたいに混ざり合って、木漏れ日のような緩やかさで、これからだって想っていける。 「お前のおかげでここまで生きられた。……ありがとう」 そんな顔で、そんな言葉で、そんな思い聞きたくなかった。

『酸素は死ぬ前に言った。「春はまだか」 酸素の表情は、晴れやかだった。 #死ぬ前に言う言葉と表情 https://shindanmaker.com/522035』
久々の再開は寂しげな桜の木の下だった。以前よりよっぽど薄まった影はいよいよ陽射しに溶けてしまいそうで、潮時なんだな、とぼんやり思った。 「春はまだか」 「お前がいなくなってからな」 晴れやかに笑って、いつの間にか消えていた。眼前の大樹にはせっかちな蕾が一輪開きかけている。

『私は4favされたら、長谷酸の「俺を信じてよ」で始まる小説を書きます(o・ω・o) https://shindanmaker.com/321047』
「俺を信じてくれ」 必死に僕へ語りかける眼差しに偽りはないのだろう。類を見ないほど真剣な声色、僕の手を固く握る掌には迷いがない。嘘をつくのは得意な男だが、こうして誠意を伝えることもまた、得手ではある。しかし、 「信じているが……断る」 メイド服を握りしめて崩れ落ちる様はどうにも。

『長谷酸の今日のパラレルは 神主×大学生 なんてどうでしょうか https://shindanmaker.com/563925』
じっと窺い見る。寂れた神社に訪れる割には、お参りもせず、休憩所のように居座るでもなく、壁に少しだけ凭れてただ虚空を眺めているのだ。待ってるようでもあって、それが一体なんなのか気になってしまう。観察したらいつも通り声をかける。 「よう青年、また来たか」 明日も来るという確信でもって。

『長谷酸さんは『膝枕』をお題に、140字でSSを書いてください。 https://shindanmaker.com/320966』
「薄い……」 あと硬い。 「文句を言うな」 若干棘のある声色が珍しくて、枕の持ち主を仰ぎ見る。呆れているようだった。俺が言い出したんだもんな、そりゃそうだ。 「ん」 おもむろに唇が降ってくる。宥めるように優しくて、多分あやされているんだと思う。 良いサービスだな。星5つ。

【万騎くん】

 矢嶋万騎――またの名をホーニー・トードは、統和機構のエース級戦闘用合成人間である。

 そしてただの高校生でもある。現在は学校をズル休み中である。

 いや、ズル休みというのも正確ではないだろう。彼はベテランの戦士、情け容赦なく敵を殺せる非情さを持ち合わせているとは言っても、立て続けにしんどい任務が重なれば心身ともにしんどくなる。道徳や価値観は幼少期からごく普通の家庭で形成されてきたために、そういうこともあるのだ。要するにメンタルが弱ってしまっているので、こうして学校にも行かずベッドの上で丸くなっている。両親もたまにこういうことがあるのはわかっているので、風邪ということにして学校に連絡を入れてくれた。理解があるのはありがたいことだ。
 3日前の任務対象は年端もいかない子供だった。まだ足し算ができるかできないかくらいだったろうか。1週間前は自分と同じくらいの歳の少年だった。親友と思しき少年が庇いに来たが、任務を優先した。1ヵ月前は壮年の女性だった。最後に息子に合わせてほしいと言われた。2ヶ月前は……。
 考えるのはやめようと頭を振って、反対方向に寝返りを打った。鬱々としたことを考えてもしょうがない。回復しなければ仮病を使ってまで休んだ意味がないとわかっていても、そもそも昼まで寝ていたので、日が傾いてきた今頃に寝られるはずもない。
 ずっと布団にくるまっているだけの状況も飽きてきたので、チカチカとランプの点灯する携帯を開いた。ランプはメール着信の合図だったようで、送信元は親友の二人だ。思わず顔をほころばせて一通ずつ開けば、仮病じゃねーのかとか、学校でこんな馬鹿やってたとか、お前がいないと寂しい(馬鹿にしている)とか、くだらないお見舞いメールだった。読んでいるとさっきまで何を考えていたのか忘れてしまって、けどメールの返信をする気も起きないまま、携帯を閉じてまた寝入ろうとした――途端に、けたたましい着信音が薄暗い部屋に響いた。慌ててディスプレイを確認すれば、親友のうちの一人から。そういえば丁度学校が終わる頃合だろうか。風邪の振りをしようかしまいか……と考えながら通話を受ける。

「おー、どうしたんだよ。……いや仮病じゃないって。ほんとに風邪…………え、カラオケ?百太の奢り……全然行ける。今治ったから。……だから全然仮病じゃないって。すぐ行くから駅前集合で。…………母さん!遊びに行ってくる!」

【長谷酸】

 冬が嫌いだ。

 正確に言えば雪だろうか。まだ怪我をすれば血が流れていた頃なんかは、よく寒い寒いとのたまっていて、てっきり寒いのが嫌いなんだと思っていたが、こうして奇妙な肉体になってからようやくそうではないとわかった。自分の気持ちの出処なんて意外に知らないということも。
 雪だるまを作った経験くらいは誰にだってあるだろう。本腰を入れて作られたデカい雪だるまも、歩きながら適当に作られた雪だるまも、見知らぬ他人が作って放置した野良雪だるまも、見かけてしまえばなんとなく愛着が沸いてしまう。二つ並んだ小さな雪だるまの兄弟に思わず笑みをこぼしたことや、不器用に丸められた完成度の低い雪うさぎにも物語がある。
 そして当然ながら、愛しかった雪細工は大抵数日経てば溶けてなくなってしまう。誰かが作った小さな兄弟は、その場に目玉だけを残して綺麗に姿を消してしまった。いっそなんの痕跡も残してくれなければ、気のせいだったと思うこともできただろうに。
 雪は嫌いだ。寂しくなるから。

 563回目の春が来た。雪は溶け、虫たちは眠りから覚め、新しい芽吹きが始まっている。今年の春に、冬の名を持つ男はいない。春になったからいなくなってしまったんだろうなあ、と残された奴の飼い猫を撫でながら思ったりした。

(春なんてこなければよかったのに)

 まったく人の気持ちは摩訶不思議で難しい。結局俺は、冬じゃなくて雪でもなくて、春が嫌いだったんだ。

【才牙きょうだい】

「ふたつあるアイスってちょっと不親切だと思わないかい?」
 僕の脈絡のない会話に(いつものことだしそろそろ慣れてほしいけど)、それはそれは鬱陶しそうな目をする妹。自分よりもよっぽど低い位置からじろりと睨めつけられているのに、不思議と圧がすごいなと思う。
「だって屋外で食べるときなんかは、二人いること前提だ。味が好きだから買ってる人も多いだろうに、そんな妙な制約を負わされてたまったもんじゃないよね」
「くどい。二つ食べればいいでしょう」
「しかし、僕は今そらと二人でいるわけだからさ。いいんじゃないかな、一つずつで」
 不機嫌な顔がますます恐ろしげな形相になるけど、顔の怖さに反比例してとげとげした空気がぽろぽろ剥がれている気がする。今日は機嫌がいい方なのかもしれない。
 僕の手からアイスの片割れを奪うと、ふすん、とため息をつきながら口に含んだ。内側から押し出された頬がもちもちしている。
「やっぱり僕の方が兄だよね」
「黙れ」